残暑が厳しかった今年の夏も、ようやく朝晩は少し過ごしやすくなり、少しずつ日も短くなり、だんだん秋らしくなってきた。夜になっても熱風にさらされていたのが、いつしか生暖かい風となり、涼しい日もあったりして哀愁を感じる季節。人は、涼しく、寒くなってくると寂しさを感じるようになるもので、当院に通院中の方も、なんとなく治療がつらくなってきたり、年賀状や帰省のことを考えて憂鬱になってくる方もいるかも知れない。というわけで、今日は「不妊治療と気持ち」 について考えてみたいと思う。


そもそも、人はそれぞれ生まれ育った環境、価値観、性格、それぞれ違い、ストレスに対する耐性も人それぞれ。マイナス思考でストレスにも弱く、ちょっとしたことに対してもデリケートに感じる方から、強靱なメンタルでスーパープラス思考、悩みなんてあまりありません、というような方まで色々な方がいる。もともとはプラス思考の持ち主でも、なかなか子供ができないと不妊治療専門クリニックの門をたたき、検査、治療を繰り返してもなかなか結果に恵まれなかったりすると、さすがに、このまま私はどうなるんだろう、と思い悩むようになる方も少なくない。逆に、もともとはマイナス思考だったものの、検査、治療を繰り返すうちに、あまりマイナスに考え続けても身が持たないと考えるようになって、少しずつ前向きになってくる人もいる。

夫婦の関係も結構重要だけど、マイナス思考の方のパートナーもいっしょにマイナス思考だと二人でどんどん落ち込んで行ったりしてよくないが、かといって、マイナス思考とプラス思考のカップルだと、かたや「こっちは真剣に悩んでるのに、あなたはそんなに気楽に考えて!」と憤慨し、かたや相手のあまりのマイナス思考ぶりに辟易してストレスをためている、なんて夫婦もいて、なかなか難しい。

ここで、マイナス思考とプラス思考の二項対立を煽って、「マイナスはよくないんだ」と言いたいわけではないけれど、単純に、これから夫婦のもとにやってくるだろう赤ちゃんだって、前向きな明るいお母さん、お父さんのところに来たいと思うんじゃないかなという気がする。目が前についている理由は、後ろではなく前を見るからなんだ、なんて中学校だかの時の学校の先生が言っていたが、あまり後ろを振り返らないで、いつも前を向いていることってとても大切。などと優等生的なことを書いてみたものの、「それができるくらいなら苦労しない」というのが多くの人の本音で、不妊治療にはメンタルケアが大切、などとステレオタイプによく言われたりするものの、メンタルケアって簡単に言うけど結構難しい。くよくよせずに明るくプラス思考で!と思って前向きになれる人は最初から悩まないわけで、なかなかそうもいかないし、また最初は前向きに考えられていた人でも、治療してもなかなか妊娠できない期間が長くなるにつれ、追い詰められてくることもある。
ただ、なかなか前向きになれない人の多くは、何事にも真剣に考えてしまうことが多いように思う。真剣になるなとは言わないけれど、過ぎたるはなお及ばざるが如し、真剣であることがいつもよいわけではなく、たまには思い切って適当になってみることも大切だということである。


 

たとえば食べ物や生活。「妊娠によい食べ物や生活はありますか」などと聞かれることもよくあるが、栄養バランスについても、この飽食の時代に、先進国日本で、そこそこ気を付けて食事をしていて足りない栄養素なんてあるわけないと私は考えている。日本は、農業、漁業、畜産業にもめぐまれ、多種多様な食事の環境に恵まれている。もっと栄養事情もよくない地域は世界中にいくらでもあるわけで、じゃあそこで不妊が多いのかというとそんな話は聞いた事がない。日常生活についても、よほどの不摂生をしなければ、普通に日常生活を送っていればそれ以上のことは必要あるんだろうかと、時々思う。

もちろん、お酒の飲みすぎ、太りすぎ、痩せすぎ、喫煙、運動不足、睡眠不足、不規則な生活、過労など、一般的常識的にに健康に悪いと思われることは妊娠にもよくないので、思い当たるところがあれば改善したほうがいいし、栄養バランスは悪いよりはいい方が良いわけで、体に良さそうな食材を選ぶことも悪くない。ただ、楽しみながらそういったことを気にして生活する程度ならよいことだと思うが、真剣にがんばりすぎてかえって悩みを深め、ストレスをためるくらいなら、ストレスは妊娠に良いのかという話もあるわけで、何にも気にしないで超テキトーお気楽生活したほうがよっぽどいいこともあるし、そうアドバイスしたら翌月妊娠したなんていう患者さんもたくさんいる。
とは言え、逆に今まで不摂生だった人が、食べ物や生活を気を付け始めたら体調がよくなって妊娠することもあったりして、妊娠って本当に分からない。健康のためと思ってウォーキングを始めたら外の世界とのつながりが深まって心身ともに毎日が充実し、体重も落ちて体調がよくなって妊娠したなんてこともある。


仕事との両立も様々で、仕事との両立は大変という話はよく聞くが、仕事しないで家にいれば、よくないことばっかり毎日色々考えてネット三昧&検索魔になってみたりして、だったら仕事に没頭してたほうがまだマシということだってある。「仕事が大変だったので辞めたらラクになってすぐできた」という人もいれば、「いつも受精卵を子宮内に入れたあとは仕事休んでたんだけど、休んでもできないから、普通に仕事してたらできた」という人もたくさんいる。結局何がいいかなんて、人それぞれで分からないということで、溢れる情報を鵜呑みにせず、自分をしっかり見つめ、自分にとって何が問題で、何を解決したらよさそうなのか、見極めることが重要である。

 

着床とは神秘であり、生殖医療の最後のブラックボックスであると言われている。妊娠するかどうかのほとんどは受精卵の染色体異常があるかないかで決まる、ということには誰にも異論がないところで、染色体異常卵は、どうあっても妊娠しないか妊娠しても流産することになる。一方、正常染色体卵が必ず着床するかと言うと、着床率は100%とはならないことは分かっているが、通常の方法では、移植した胚が正常染色体だったのかどうかも分からない以上、ある周期で妊娠しなかった原因が受精卵の問題なのか、着床の問題なのかは、想像の域を出ないわけである。「着床障害」と一言で言っても、とても難しい判断となるのは、こういった事情がある。

実際に、胚のグレードが良ければ妊娠率も高く、悪ければ妊娠率も低いと言えるが、あくまで確率の問題であり、超良好胚でも着床しないこともあるし、とてもグレードが良いとは言えないと思われた胚でもその後順調に妊娠・出産に至るケースもある。今まで何度も良好胚を移植したが妊娠せず、最後に残った1つの非良好胚、率直に言えば不良胚、でも確率は低いけど一応妊娠の可能性があると思われて凍結したものだし、せっかくだから移植してみましょうということになって移植したら、ばっちり妊娠判定陽性、9ヵ月後にはかわいい赤ちゃん誕生、なんてことは決して珍しくない。妊娠した周期には、「もう最後だと思って、だめならあきらめようと思って気楽に治療を受けた」とか、「今回は卵がよかったから妊娠すると信じて毎日前向きに過ごしてきた」とか、「検査結果が悪くて絶望し、号泣されて、あ~あと思ったら翌月自然妊娠した」とか、何らかの気持ちの変化があった人も少なからずいて、何の科学的根拠もないけど、私の個人的な意見としては、妊娠とメンタルは確実に深い関連があると思っている。

ただ、誰かに気持ちを分かってもらえることは大切だけど、誰かに分かってもらえること、共感してもらうこと、不安を取り除くことがいつもいいのかというと、ほどよいあきらめが、かえってストレスの軽減になって妊娠する人もいるし、クヨクヨしているのを、そんなことでどうするって誰かから叱られて目が覚める人もいる、心のケアと一言で言えど、妊娠の契機となった気持ちの変化は様々で、あれをすればいい、と簡単に言えるほど単純な問題ではない。不妊治療は常に科学的でなければいけないと思うけれど、単なる個体差だと割り切れぬほど、複雑な男心、女心が気まぐれに科学を掻き乱してしまうところが難しいところである。何がいいかというよりも、結局、要はバランスで、手当たり次第試せばいいってものではないが、ほどよいタイミングで、思い切って何かをやめてみたり、何かを始めてみたり、気持ちに変化をもたらしてみたり、そのあたりの見極めと行動力、そういうことも大切なのかも知れない。

当院の外来は混み合う日が多く、決してゆっくり時間をかけてお話できる日が多いわけではないが、少し余裕がある日などに、雑談がてら「たまには気分転換なども大事ですよ」とふと言ったりすることがあれば、テキトー男が気分で言ったのではなく、多少はこんなことを考えながら、良い結果を祈りつつ言ったのかも知れない、と少しでも思っていただければ幸いである。

今年もあと3ヶ月少々、1人でも多くの夢がかないますように。


医師 土信田